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2006年12月16日

今年日本のスポーツ界にもっとも貢献した人物はSHINJO

今年日本のスポーツ界にもっとも貢献した人物はSHINJO(スポーツナビアワード2006)

サッカー・ワールドカップ、冬季五輪などさまざまなスポーツイベントがめじろ押しだった2006年、スポーツナビ・アワード大賞に決まったのは、“しばれる”寒さの北の大地を熱く、熱くしびれさせた北海道日本ハムの新庄剛志だった。それも8165票は、2位と3000票以上もの大差。最後の最後まで「記録より記憶に残る男」を証明した。


とのことで、SHINJOが2位以下を大きく引き離し、2006年のスポーツナビアワード大賞に選ばれました。

今年の(その前からですが)SHINJO選手の活躍ぶり(記憶>記録)なら、

順当でしょうね。

“プロスポーツ”は、観客がいてはじめて成り立つスポーツだということを世間に知らしめたことは間違いないですね。

なおかつ、所属する日本ハムファイターズが日本一、

まさに新庄選手の年だといっても過言ではありません。


ちなみに得票数は以下のとおりです。

個人的には、荒川静香さんや浅田真央さんがもっと上位にきても良いように思いますが。

あと、ハンカチ王子も。


投票結果
1位 SHINJO(野球)       8165票
2位 王貞治監督(野球)     4752票
3位 中田英寿(サッカー)     4401票
4位 イチロー(野球)        4389票
5位 ディープインパクト(競馬) 4210票
6位 荒川静香(スケート)     4118票
7位 ミルコ・クロコップ(PRIDE) 3552票
8位 斎藤佑樹(野球)        2544票
9位 ミヒャエル・シューマッハー(F1) 2324票
10位 浅田真央(スケート)     1521票
11位 イビチャ・オシム監督(サッカー) 1000票
12位 松坂大輔(野球)       912票
13位 チーム青森(カーリング)  752票
14位 山本佳司監督(サッカー)  564票
15位 亀田興毅(ボクシング)    474票


「舞子(神戸)に住んでる社労士・青い夜の日記」トップページへ  

Posted by 青い夜 at 12:02Comments(0)新庄

2006年10月31日

新庄のこだわり

大スターにふさわしい『日本一』(新庄カウントダウン プロ野球)

「新庄カウントダウン」の記者によれば、

新庄への取材での禁句が2つあったとのことです。



 そこに、とことん、こだわっていた。「スタンドの『観衆』が…」と「今日は『観客』が…」などと質問をすれば、途中で遮られた。新庄選手から「それ(観衆、観客)はファンね!」と言い直させられた。たまにはちょっと怒気も含んでいた。もう1つも一緒。「明日は『札幌』のファンが…」「今は『札幌』では…」などと質問した時には、「いや札幌じゃなく、北海道ね!」と即座に訂正して質問をし直された。北海道日本ハムファイターズの球団名どおり、本拠地は「札幌」ではなく「北海道」だと力説し続けた。


「観衆」や「観客」ではなく、「ファン」

「札幌」ではなく、「北海道」


「観衆」「観客」というと、第三者として見ているだけ、という感じですが、

「ファン」というと、仲間であり、一緒に戦っているという意志の表れ、


「札幌」というとごく一部の限られた街、という感じですが、

「北海道」というと、隅々までの北海道全域にまで及んでいるように思われます。


豪放磊落(らいらく)に見えても、小さなことにこだわる意識はすさまじかった。必ず発言、行動の1つ1つに対し、「受け手」の立場を考えていた。それがパフォーマンスを敢行する意識、勇気にもつながっていたのだろう。日本ハムのチームメートに対しても同じ。新庄選手と食事中にひじをついて食べていた稲田選手は、厳しくこう注意されたという。「その腕、切るぞ!」。もちろんジョークだが、相手に失礼がないような礼儀作法にまで執着していた。後輩にまで自分のこだわりを説き、徹底させた。

新庄が好き勝手にやっているように見えて、「受け手」の立場をちゃんと考えているというところに、

新庄の自分に対する厳しさが見えます。

また、自分に対する厳しさを人に見せないあたりが、

私の尊敬する理由のひとつでもあります。

新庄引退

外野作戦会議
(この画像は、nikkansports.comでお借りしています)  

Posted by 青い夜 at 18:36Comments(0)新庄

2006年10月29日

グラブも言った「無理だ」

グラブも言った「無理だ」(新庄剛志カウントダウン nikkansports.com)

--プロ17年間愛用のグラブを持ってきましたが

 新庄「(阪神)タイガースの1年目に7500円で買った。こいつも『無理だ』と、『もうプレーできる限界だ』と言っていました。これね、4回手術したんですよ。手術したとこが中から出てきて。昨日、タイロン・ウッズのライナーを捕ったら破けていた。グラブだけは常に大事に、遠征先でもテレビの上に置いたり、湿らさないようにしたり」



17年間グラブを愛用していたというのは驚きです。
新庄選手が本当に野球を愛していたということでしょうね。



--ヒルマン監督、小笠原の去就騒動は

 新庄「その2人の今後のことは人生なので決めた道をいけばいい。どういうふうな道を選ぶかは分からないですけど、若い選手が多いので、ハムのチームカラーを変えられるんじゃないかな」



新庄自身、阪神に引き止められてもメジャーに行き、そこで精神的に大きな転身を果たしましたから、
旅立ちは必要なのでしょうね。旅立っても愛情がなくなるわけではないと思います。
新庄は最終戦1日だけ背番号を阪神時代の「63」にしたところからも、阪神への恩義は忘れていないと思います。

ところで背番号といえば、新庄は阪神時代とメジャーで「5」をつけていましたね。
「5」に愛着があるのかと思っていましたが、
本当は「1」がつけたかったとのことです。
理由は、1番が好きだから。
メジャーでも「1」を要求したというから驚きです。
結局は「5」になったようですが。
普通は「1」を要求するのは躊躇するものですが、
欲しいものを欲しいというあたりが実に新庄らしい・・・


--アジアシリーズは辞退する

 新庄「自分の中で日本シリーズで全部、力を使い果たすって決めていたので。若い選手がアジアシリーズを戦ってくれればいい」


まあ、正直、アジアシリーズにも出て欲しかった気持ちはありますが、
燃え尽きた後にもう一度出る、というのは無理な話ですね。


ところで、新庄選手の会見で、「若い選手」がよく出てきます。
新庄選手が、若い人たちのことをよく考えていたということがわかります。

新庄選手の阪神時代、もう新人ではないぐらいの頃に、
記者が「新庄選手にがんばってもらって」のようなことを言われたときに、
「若い選手が出てきているので、どんどん活躍してもらいたい」みたいなことを言っていたのですが、
私は、なんだ新庄やる気ないのか?などと思ったのですが、
今思えば、その頃からチーム全体のことを考えていたのかもしれません。


野球選手を終えた新庄選手がこれからどういう活躍をするのか、期待です。

新庄
(この画像は、「新庄剛志カウントダウン nikkansports.com」よりお借りしています)  

Posted by 青い夜 at 12:58Comments(6)新庄